2008年03月26日
小さな子どもは僕らよりずっと世界を理解している。
「なにかおかしいな」という感覚と「こうすればいい」という行動がすぐに結びついた結果なんでしょう。
だから幼児教育に緊急通報の仕方を取り入れたほうがいいとかいう話にはなりませんが、イタズラしないように十分注意したうえで、教えてあげることは大切かもしれませんね。
…
横道にそれますが。
子どもは、大人が考えるより(というか知覚するより)もっと深く、世界を理解していると思います。
よく、だっこされている赤ちゃんや、ベビーカーに乗って手足をぱたぱたさせている子を電車で見かけます。
その目や表情、動きをじっと観察します。
目が合うと、その瞳からは純粋な光が感じられます。
…
なんでだろう?
赤ちゃんは他者の評価で何か行動するわけではありません。 「ねむい」「おなかへった」といった意思表示はします。
でも、僕がどう感じようが、赤ちゃんにはなんら関係のないことです。また、電車内で泣いてわめいてもいっこうに気にしません。
他者や社会の評価を『自分のこと』と捉えていない訳です。
厳密には、周りや社会の評価にあくせくするプログラムが未完成であるが故に、ということでしょうか。
だから、雑念なく人を見ることができる。
だから、その目に純粋な光が宿っている(ように感じられる)。
…
ところが大きくなるにつれ、電車でうるさくしたり、あるいは家で唄って踊って騒いでいる時、たまたま親の機嫌が悪いと『しずかにしなさい!』と怒られる。
うるさくする→怒られる→いやな気持ち。
怒られないようには→うるさくしない→気を使う→周りを気にする。
はい!大人プログラムの基礎が完成!
…
これはほんの一例。
怒られないために。
ほめられるために。
お金をもうけるために。
モテるために。
名誉と地位を得るために。
夢を達成するために。
他者や社会の評価を気にする大人プログラムを次々と取り込み、目の光はまるでマトリックスのように1と0の羅列になっていく。
自由の翼を捨てるよう、親や学校や社会制度等々から教え込まれた結果が、しかめっつらをしてイライラしている大人たちなんだろうな。
赤ちゃんがでかい声で泣くからって、そんなににらめ付けることなかろうに。
赤ちゃんが泣くことと、あなたがイラつく原因とは別なんじゃないですか―。
あなたがイラつく原因は、あなた自身が作っているのではないですか―。
それを、赤ちゃんのせいにしちゃいけない。
…
ふと見るとおとなしくなった赤ちゃんがまたこちらを見ている。思わず目を逸らす。
自分はどうだろう。
偉そうに言っても、結局ささいなことでイラついていないだろうか。
イラつく原因を、誰か・何かに押し付けてないだろうか。
勝手な思い込みで、自ら翼を閉じてしまっていないだろうか。
彼・彼女にそんな意思はまるでないだろうけども、多くを教えてくれるのが赤ちゃんです。
親になったら、きっともっと多くを学ぶのでしょうね。
…
疲れたら眠ってしまう。
自らの世界のなかで、誰にも縛られずに自由に生きる。
誰も裁かず、裁かれず、最低限の欲求以外は望まない。
誰も疑わず、陥れず、勝利も敗北もない。
一瞬の幸福が全てであり、過去にも未来にも捉われない。
それを平和と言わず何と言う?
赤ちゃん、そして小さな子どもは、僕らよりずっと世界を理解している。
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