【noblesse oblige】
:仏語。社会的地位、財産等に伴う責任のこと
多分に誤解を招く可能性をもったテーマではあります。
ですが知ること、考えることに壁を作ってはならないのです。
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とはいえ、人対人のノブレス・オブリージュについては、いったん保留にしておくことにしましょう。
今回は人対自然のノブレス・オブリージュについてです。
ノブレス・オブリージュはざっくり言えば「上から目線で見るならそれなりの事やってなんぼでしょ」ということでしょうか。
人間がある程度、自然なり地球なりを駆逐する力を持っているということは、当然その能力に伴う義務が発生する、と考えられます。
それが、人対自然のノブレス・オブリージュです。
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自然の側は、人類に対してこの責務を常に果たし続けてきました。
自然災害という驚異の力を持つ一方、陸海空あらゆる自然の恵みを生命全てにもたらし、歴史上一度たりとも休むことなく、人類はそれを享受してきました。
文明が発達して、人類が地球・自然に様々な「災害」を与えるような力をもった今、その責務を果たしているのでしょうか。
自然の恵みは利用しながら、それを生み出してくれている自然に対して、ノブレス・オブリージュを果たしているのでしょうか。
「責任、義務を果たさず、地球で快適に生きる権利だけを求めてはいないだろうか―。」
疑問が浮かびます。
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関わっている方には恐縮ですが、僕はゴミ拾い等を「環境ボランティア」と表現するのはあまり好みません。
個人の意思に関わらず、広く人類の義務であると考えるからです。
「災害ボランティアは助けあいでしょ?困ってる人を助けるのは当然だからボランティアとは言わないんじゃないの?」
というご意見もあります。一理あって、そういう社会になれば、災害ボランティアという言葉は姿を変えていくことになるでしょう。
現状、災害ボランティアは人対人です。
助け合うことは義務ではなく、善意や本能的助け合い精神によるものです。具体的行為をするためには、個人の自発的意思(強制に従うという意思を含む)が必要です。
従って、ボランティアの枠を超えない、というよりもそれを越えた表現が難しいのです。
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サイクロン「sidr」による被災地への救援活動が行われています。
それは、
― 自然に対する義務感からなのか。
― 先進国の面子を守るためか。
― 自己満足のためか。
― 純然たる愛ゆえか。
国内外の被災地で活動を経験したい、という方に問いたいのです。
…「(被災者に比べ)自分は豊かで、与えられている。従って被災者(与えられていない者、奪われた者)に対して何かしなければならない」
心の片隅に、そんな気持ちを持ってませんか―。
それは救援者と被災者を対等に考える根拠として正しいのですか―。と。
環境が変化した人と変化しない人を比較するのはナンセンスです。
ノブレス・オブリージュの前提は同じ環境にあることです。
つまり、もし上記のような考えを持つ方がいたら『同じ環境(平時)にいる人や社会に対し、何ができるかを考える』ことが被災地での活動以前に考えることではないのですかと伝えたいのです。
ゴミの分別ひとつも、立派な国際貢献だと思うのですが。
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